cb400fを発売した頃のホンダはどんな会社だったでしょうか。
cb400fは1974年12月に発売されましたが、その年の前後はホンダにもいろいろなことがありました。
まず1972年には、アメリカ合衆国で「世界一厳しい」と言われた排気ガス規制「マスキー法」を「CVCC」というエンジンで世界で初めてホンダがクリアし、シビックを売り出しました。
マスキー法は、これをクリアする会社はないとまで言われた厳しい排気ガス規制でしたが、日本の中小メーカーであったホンダが最初に達成したということで大変な話題となりましたね。
翌年の1973年には、ホンダの創業者である本田宗一郎社長と藤沢副社長が退任し、2代目の社長として河島喜好が就任しました。
そして1974年のcb400f発売とつながります。
ただ、この年は自動車メーカーとして軽自動車部門からは一時撤退しています。排ガス規制でシビックが売れる中、軽自動車ではなくコンパクトカーを売っていこうという戦略でした。
ホンダといえばレースですが、このころはオイルショックの影響も大きく、「速く走れば良い」という時代ではなく、「以下に燃費を抑えて排ガスもキレイにするか」がポイントだったため、レースへの参入は中止し省エネタイプの研究に力を入れていました。
cb400fはコストの関係もあり、3年ほどの短い期間しか発売されませんでしたが、こんなホンダのこだわりが随所に見られる名車でしたね。
cb400f ホンダ
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